関連のお話はこちら。
2019年5月10日のブログ
「黄疸の出ていた猫」
https://nekohan.jp/archives/10788

2019年7月25日のブログ
「子猫WAVE到来:①隣のりんちゃん」
https://nekohan.jp/archives/11362

 

 

半年後に命が尽きることがわかってしまった時、
見慣れた風景はどのように見えるだろう?
聞きなれた喧噪はどのように聞こえるだろう?
生の終焉を前にして、穏やかな気持ちでいられるだろうか?
それとも、淡々と自分の運命を受け入れて
これまでと何も変わらない日々を過ごすだろうか?

 

2019年秋。
彼女は飼い主のいない猫としての生涯を終えました。

 

 

 

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いつも幼猫・乳飲み子の預かりを快く引き受けて下さる上村さん宅には、
2016年秋にTNRしたチコちゃんが時々顔を見せています。


TNRした母猫チコちゃん

保護後、千葉市のご一家の飼い猫となった
チコちゃんの子・トラちゃん。

 

 

 

上村さん宅のある一帯には、
どのくらいの野良猫が生息しているのか
よくわからないままでしたが、
上村さんのこれまでの目撃情報によると、
たまに知らない猫を見ることはあっても、
常に色々な猫が行き来しているわけでも
なさそうだということです。
実際、上村さん宅の敷地に立ち寄るのは、
チコちゃんくらいでしたから。

 

2019年4月中旬に、上村さんから、
「最近白黒の猫がよくやって来るんです」と相談を受け、
その白黒猫・ハッちゃんのTNRをお手伝いしました。

 


まだ若い白黒の猫・ハッちゃん

 

 

上村さん宅の庭には、ハッちゃんと一緒に、
茶トラ×白の若い猫も来ていましたが、
その茶トラ・キャラくんの耳には、
はっきりとわかる耳カットがありました。
野良猫の不妊手術をしている人が、
この界隈にいたことに少し驚きましたが、
それが誰なのか、私達には全くわかりません。

 


茶トラ×ソックスのキャラくん。
ハッちゃん同様、若い猫です。

 

 

ハッちゃんの登場と前後して、
痩せて薄汚れた白三毛・ナンちゃんも
頻繁に見かけるようになったので、
ナンちゃんも避妊手術目的で捕獲し、
病院に連れて行きました。


痩せている成猫・ナンちゃん。
捕獲器を持ったら、とても軽かった。

 

 

ところが、先生は
「この状態で手術をしない方がいい。
この子はもう先が長くないから。」
とおっしゃいました。

ナンちゃんの口内にはかなりの黄疸が出ていて
何らかの深刻な病気がかなり進行していたのです。
少しでもナンちゃんの余生が辛くないようにと、
インターキャットやステロイド、抗生剤をお願いしました。

 

 

 

ナンちゃんの状態があまり芳しくないようであれば、
自宅で看取ることも視野に入れていた上村さんですが、
ずっと外で生きてきたらしいナンちゃんが、
ケージで快適な療養生活を送っているようには見えず、
上村さんはナンちゃんを外にリリースしました。

 

その後もナンちゃんは、
辻向いのお宅の庭でくつろいでいたり、
上村さんのお宅にご飯を食べに来たりしていました。

 

 

 

 

 

ナンちゃんをリリースして1か月経った6月初め、
上村さんから連絡がありました。
「ハッちゃんとよく似た柄の子を見ました。」

 


新しいハチワレ登場。

 

 

この頃、近所の方のお話から、もう1匹、
ハッちゃん似の猫がいるという情報を得ていました。

 

 

それからさらに10日後、上村さんは、
まだ生まれて2週間程度の小さな赤ちゃん猫・リンちゃん
隣のブロックで大声で鳴いているところを保護しました。

 


小さいけれどしっかり者だったリンちゃん。

 

 

 

4月にハッちゃんが現れて以来、
上村さんにとっては新しい猫の登場が続きました。

 

目撃することがなければ、その存在には気づきません。
以前、私の自宅周りにもそういう猫達は何匹もいました。
ナンちゃんも、上村さんや私が知らなかっただけで、
その地域でずっと暮らしていた猫なのでしょう。

 

子猫・リンちゃんが上村さんの手を離れ、
早々と貰われていった頃、上村さんは気付きました。

5月に捕獲したものの、状態の悪さから、
避妊手術をせずにリリースしたナンちゃんの左耳に
耳カットが入っていたのです。

 

 

「健康状態が非常に悪く、
残された時間はあまりないだろうから、
避妊手術はするべきじゃない」
と動物病院で言われたナンちゃんに、
避妊手術をした誰かがいる。

 

誰?

この近所には私達の知らない事実がありそうです。

 

 

7月に入ると、例のハッちゃんにそっくりな
もう1匹の白黒猫・アンちゃんが、
頻繁に上村さん宅に現れるようになりましたので、
お互いの予定をすり合わせながら、捕獲日を決め、
上村さんは何度も捕獲器を仕掛けました.

 

しかし、捕獲器に入るのは、
ナンちゃん、ハッちゃん、チコちゃん・・・。
肝心のアンちゃんが捕獲出来ません。

 


日を変え、時間を変え、場所を変え、向きを変え…。
アンちゃんがなかなか入ってくれません。

 

 

そんな中、悲しいニュースがありました。
ハッちゃんと一緒に上村さん宅に来ていたキャラ君が、
交通事故と思われる怪我が原因で亡くなりました。
いつもゴロゴロとリラックスして寝転んでいるアパートの敷地で、
耳から血を流し横たわっていたそうです。

 


以前、ハッちゃん狙いで仕掛けた捕獲器に
入ろうとしていたキャラくん。

 

去勢手術を済ませ、ご飯を貰い、
地域猫としての猫生がまだまだ続くと
思っていたのに。

 

 

 

9月に入ってやっとアンちゃんが捕獲器に入りました。
その日、私の予定が詰まっていて動けませんでしたので、
サラの飼い主・ANさんが、朝と夕方、
アンちゃんの運搬を引き受けて下さいました。

 


1か月半かかって、やっと捕獲器に入ってくれました。

 

「この子、3ヵ月以内に出産してるのでは?」
アンちゃんの体の状態を見た獣医さんの診断です。

 

3ヵ月以内?
リンちゃんだ!

 

6月中旬に保護した赤ちゃん猫・リンちゃんです。
そうか・・・そうでしたか。
アンちゃんはリンちゃんのお母さんだったのね。

 


左:娘のリンちゃん  
右:母猫のアンちゃん
よーく似ています。

 

 

この一連の猫騒動の間、
上村さんはご近所の方々とお話をし、
情報を集めていました。
そして、やっと、実情が見えてきました。

 

 

上村さん宅の隣の通りにあった1軒のお宅。
その敷地で不妊手術を一切せずに、
野良猫にご飯をあげていた、
Uさんという餌やりさんがいました。

2016年当時はまだ建っていたそのお宅、
今ではもう建物はありませんが、
Uさんは今も餌やりに通っているそうです。

当然苦情もあったらしいですが、
すぐ目の前のアパートに住むKさんという親子が、
Uさんの餌やりの後片付けをしたりして、猫に優しい方々でした。
また、アパート裏の大家さんもうるさいことを言わない方のようです。

 

 

Uさんが6年前からご飯をあげていた猫がナンちゃんです。
避妊手術をしていませんでしたから、当然、ナンちゃんは出産しました。
過去に、ナンちゃんから生まれた猫達はどうなったのかわかりません。

 

2018年春にナンちゃんが出産した3匹は、
Uさんや、上村さん宅の辻向いに住むSさんにご飯をもらい、
大きくなってから上村さん宅に相次いで現れました。

●ハッちゃん(1歳・オス)
●アンちゃん(1歳・メス)
●キャラくん(1歳・オス)・・・2019年8月に死亡

 

 

Uさんは知り合いのボランティアさんという方に頼んで
ナンちゃんが生んだ3匹のうちの1匹・キャラくん、
そして、私達が手術を見送ったナンちゃんの不妊手術を済ませました。
後で聞いた話によるとナンちゃんは堕胎手術だったそうです。

なぜ、最優先するべきアンちゃんの手術を
しなかったのかという疑問は残りますが、
上村さんの仕掛けた捕獲器に、
なかなか入らなかったアンちゃんですから、
簡単には捕まえられなかったという可能性もあります。

 

そして、そのアンちゃんは、
2019年6月に3匹の子猫を生みました。
2匹の黒猫は、近所の施設で保護されたそうです。
そして、1匹だけはぐれたリンちゃんが、
上村さんの手によって保護されました。

 

 

 

 

今でもハッちゃん、アンちゃんは、
上村さん宅にご飯を食べて来ています。
辻向いのお宅でもご飯をもらっているでしょうし、
餌やりのUさんも餌をあげているでしょう。

界隈には未不妊の他の猫はいないようですし、
今いる猫達は地域猫となっていますので、
とりあえず、状況は落ち着いたようです。

 


こちらを向いているのがハッちゃん。
背中がアンちゃん。


アンちゃん。

 

 

 

その後のナンちゃんは、しばらく姿を見せなかったり、
庭に来てご飯を食べたかと思えば、食欲がなくなったり。
上村さんは、ナンちゃんが休めるようにと
庭に、ベッドの代わりとなる箱を用意していました。

 

 

2019年11月7日。

近所のお宅の庭で、
ナンちゃんは冷たくなっていました。

見つけて下さった方が、
箱にお花とお線香を入れて

見送って下さったそうです。

 

 

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私達が5月1日に捕獲した際、その状態の悪さから
避妊手術をせずにリリースしたわけですが、
その選択が正しいものだったかどうか。
今となってはもう答えはわかりません。

手術をしてあげていれば、ナンちゃんは、
その後妊娠することもなかった。
しかし、体の負担を考えれば、
手術しない方がいい状態だった。

痩せた病気の猫にとって、
全身麻酔下での手術は
体に大きな負担がかかるものです。

妊娠・出産もまた、母猫には大きな負担になります。

 

命のカウントダウンが始まっていたナンちゃんにとっては、
黄疸が出ていたあの時に避妊手術をしたって、
体調が少し良くなって妊娠したところを堕胎手術したって、
どちらの方が良いとは言えない、二者択一だったのかもしれません。

 

 

以前、獣医さんに聞いた話ですが、
猫は「自分は病気だ」という自覚がないらしいとのこと。
具合の悪さは、猫にとっては病気ではなく、
得体のわからない敵と戦っているようなものなんだそうです。
具合の悪い猫は、その見えない敵から身を守るために、
ひっそりと身を隠し、じっと耐えるのです。

年老いた、あるいは病気の地域猫が姿を消した時、
「死んだ」と考えます。
長い間、地域猫としてお世話をしてきても、
その最期を見届けてあげられないケースは多いのです。

 

 

ナンちゃんは、隠れて消えることはしませんでした。
それが故意にしろ、自然だったにしろ、
最期の姿を人間に見せてくれました。
徐々に体が弱っていき、力尽き、
眠るように亡くなったのだと信じたい。

 

彼女は飼い主のいない猫でしたが、
決して哀れな野良猫ではありませんでした。
全く人慣れしていない猫でしたが、
ご飯をあげる方々がいて、その身を案じる方々がいました。
そして、最期はお花で飾られて旅立っていきました。

 

彼女がこの世を生きた軌跡。

それは、ハッちゃん・アンちゃんという地域猫であり、
幸せな飼い猫となった、彼女の孫にあたる子猫3匹。

 

痩せても汚れても捕獲されても、
変わらずにこの地で一生懸命生きていた
「ナンちゃんという猫がいた」という鮮明な記憶。

それは、私達、限られた人々の心にずっと残るのです。