小さな箱の中に坐る。
暗闇に目を凝らす。
静寂に耳をすませる。
冷気に草のにおいを感じる。

世の中の動きが全て止まったような

永遠に続くかと思われるほど長く暗い時間。

 

 

 

「おまえは、いつもここにいるな。」
「こんばんは。今日も寒いね。」
「残ってる食べ物ある?」

顔見知り達が塀の上から私に声をかける。

いつものことだ。
聞こえないふりをしていると、
やがて彼らは去っていく。

 

空が白み始め、陽が昇る。
門の下から差し入れられたご飯を食べる。

さて、今日は何をしようかと考えたところで、
私には特にすることもない。

夜の間の緊張から解き放たれ、地面に横になる。
空から降り注ぐ陽の温かさが、体中の毛の間にまで入り込む。
私は心地よい眠気に襲われ、目を閉じる。

 

 

私を包み、優しく舐めてくれる母親がいた。
転げ回って一緒に遊ぶきょうだい達がいた。
私の乳を吸い、側で眠る小さな子供達がいた。

 

繰り返し同じ夢を見る。
あれはいったいいつ頃のことだったか。
私にもそんな時代は確かにあったのだ。

 

私は立ちあがり、門の外を眺める。
車。あれは良くないものだ。
車に近づいた、ある仲間達。
二度と戻って来ることはなかった。

通り過ぎていく人間達は、門の中を覗き込む。
母親のような優しい目もあれば、
憎しみを湛えたような目もある。
それはべつに構わない。
気になるのは、憐れむような目。

なぜ、そんな目で見るの?
私は不幸ではないのに。

 

 

 

 

草が風に揺れ、陽が薄くなる。
門の下にご飯が置かれると
私は空腹だったことを思い出す。

 

「お前、いつもここにいるな。」
「こんにちは。今日も寒いね。」
「残ってる食べ物ある?」

顔見知り達は現れては消える。
顔を洗って、毛繕いをする。

 

やがてまたやって来るこの時間。
暗闇、静寂、冷気。

私は箱の中で丸くなる。
耐えていれば、また明日が来るのだ。
ここにいれば、何も怖いものはない。

 

私だけの場所。
私だけの世界。