2016年、ご自宅に来ているメス猫の不妊手術の件で相談を受けたことがきっかけで、
橋本のおばさまとのお付き合いは、もうかれこれ7年近くになります。
未不妊の野良猫がいる、駅近くの住宅が密集した路地にお住まいでしたので、
用事のついでなどにおばさま宅に立ち寄り、その後の様子などを伺っていました。
2019年、ルルちゃん一家のTNRと保護で、おばさま宅の路地に通うことになりましたが、
その際に、おばさま宅でご飯を食べていたくーちゃんという黒猫の不妊手術を行いました。
当時のルルちゃん
車は入れない狭い路地
おばさま宅のある路地には、代替わりしながら、常に数匹の猫がいます。
おばさまは、門の内側に置いてあるカバーをかけたバイクの下に、
猫用の水とご飯を一日中置いています。
フードが無くなれば継ぎ足し・・・を繰り返していますので、
猫達はおばさま宅に来れば、何かしら食べられることを知っています。
バイクの下のご飯を食べる茶トラ♂。
去勢手術前に亡くなりました。
19年9月撮影
猫だってお腹が空くだろうから・・・と、
おばさまは言います。
それはそれで優しいお気持なのですが、
対面で猫にご飯をあげているわけではないので、
どんな柄の猫がおばさま宅周辺にいて、
どの猫がおばさま宅のご飯を食べているのかを
ハッキリと認識できていないのです。
餌が置かれたバイクは、玄関のドアを開けてすぐのところ。
食事中に玄関の扉が開くと、猫は驚いて逃げてしまいます。
また、餌場を眺めることの出来る位置に窓がありませんので、
食事中の猫を確認することが出来ません。
ルルちゃんはあちこちでご飯をもらっている猫でしたから、
人間に対する警戒心は強くありませんでした。
食事中に玄関の扉が開いても、慌てて逃げることはありませんでしたし、
ご飯を食べた後も、おばさま宅の玄関付近に座って毛づくろいをしていました。
それ故、おばさまは、耳カットの有無や、毛の色や体のサイズを見て、
ルルちゃん=未不妊のメス猫ではないか?と気付いたわけです。
さて、黒猫のくーちゃんに話は戻ります。
くーちゃんのTNRから1ヶ月程して、
橋本のおばさまから電話がありました。
手術をしてもらったくーちゃん、あれからずっとご飯をあげています。
時々、私が家の横に置いた段ボールに入って寝ていることがあるので、
きちんとしたハウスを置いてあげようと思うの。お願いできますか。
あら、おばさま。
特定の猫の世話をしているのね。
2019年秋にTNRしたくーちゃん
早速、くーちゃん用のハウスを用意してお持ちしました。
ハウスを置く場所はとても狭い通路です。
おばさまの家は敷地いっぱいに住居建物が建っていて、
建物と壁の隙間はものすごく狭く、
北側の通路以外は、人が通ることが出来ません。
(どうやって通路の掃除をするんだろう・・・)
くーちゃん用のハウス。
その後、他のオス猫達に場所を取られることもなく、
くーちゃんは毎日おばさま宅のハウスに入って休み、
おばさま宅をホームとして静かに暮らしているようでした。
2021年1月末、くーちゃんの体に脱毛が見られ、
食欲がなく、ハウスで寝てばかりいる、
寝床におしっこを漏らしているようだと、
おばさまから連絡がありました。
用事で駅に行く途中、カロリーエースと感染症予防の錠剤をおばさまに届け、
くーちゃんの様子を見ようとハウスに近付いてみました。
くーちゃんは驚いてハウスを飛び出し、建物の後ろの方に逃げてしまいました。
私が近づいても逃げないんだけど、他の人はまだ怖いんでしょうね。
うちの家族でもだめなの。すぐに逃げちゃうのよ。
その日、おばさまは、薬を混ぜたフードの上にカロリーエースをかけて
くーちゃんが入っているハウスの前に置いたそうです。
翌日、また連絡がありました。
結局、昨日も何も食べなかった。ずっとハウスの中で休んでいて、
私がハウスの上に毛布をかけても動きもしないの。
相当具合が悪そうなので、病院に連れて行きたいんです。
私には少し触らせてくれるようになったので、
ハウスからキャリーに入れられると思う。
Hさんの持っているキャリーを貸してもらえませんか。
いやいや、出来ないと思う。
私が近づいた時、結構なスピードで逃げていったくーちゃん。
それだけの体力があったということです。
最近、食事中であれば、ちょっとだけ背中を
触らせてくれるようになったばかりの猫を、
ハウスから引っ張り出して、
キャリーに入れることは簡単ではないように思いました。
そこで、おばさまに提案をしました。
旧ハウスを取り去り、くーちゃんのにおいのついた敷物を入れた新ハウスを用意。
その新ハウスはキャリーの中に入っている状態。
新ハウス入りキャリーを、旧ハウスを置いていた場所に置く。
くーちゃんがキャリー内の新ハウスに入って寝ている時に
「キャリーの扉を閉めれば確保できる」作戦。
おばさまには、キャリーの扉の開け閉めをを見ていただき、
何度も私の目の前で試していただきました。
やり方わかりました。
左手で扉を閉めて抑え、右手でつまみを持ってカチッと閉める。
大丈夫、これなら簡単。
翌朝、確保できたはずのくーちゃんとおばさまを待つこと30分。
約束の時間になっても連絡が来ない。
おばさまに電話すると、
新ハウス入りのキャリーを設置していなかったことがわかりました。
どうして~!?
なぜ!?
WHY!?
旧ハウスをそのまま置いておき、旧ハウスにくーちゃんが入ったら、
家の中にしまっておいた新ハウス入りのキャリーを持ってきて、
それぞれの入口が向かい合うように、旧ハウスの真ん前に置く。
くーちゃんが、旧ハウスを出て、新ハウス入りキャリーに移動したら
キャリーの扉を閉めようと思った。
ちがーう!
いつのまにか、計画にない余計な作業が
入ってしまっているんですけど。
わざわざ、移動とかさせなくていいの!
だから、旧ハウスはもう要らないの!
自分のハウスだと思って、
キャリーに入ってもらうことが目的なの!
昨日の打ち合わせで、そんな話にはならなかったよね、おばさま~。
旧ハウスはもう置かない!
その代わりに新ハウスを置くの!
なんて強い言い方はしません。
そこはぐっと堪えて、冷静に。
ねえ、おばさま、古いハウスはもう要らないから、
家の中かどっかに入れて隠してしまって。
昨日渡した新しいハウス入りキャリーを、その場所に置いて。
くーちゃんがキャリーに入って休んでいるのを確認したら、
昨日練習したように扉を閉めてね。
ああ、そうだったわよね。ごめんなさいね。
これからやってみます。
本当にわかっているのかな。もう不安でしかない。
すぐにおばさま宅に向かい、通路に置かれたキャリーを確認。
ちがーう!
キャリーが逆!
向きが逆だってば!
キャリーの入口が、おばさまの進入方向ではなく、
家の裏側を向いた形になってる。
↑この図のようになるはずだったのに、
キャリーが後ろ向きに置いてありました。
「ねえ、おばさま、この狭い通路にこういう置き方をして、
どうやってキャリーの扉を閉めようと思ったの?
キャリーをまたいであちら側に行かなくちゃ扉を閉められないでしょ。
そんなことしてたら、くーちゃん逃げちゃわない?」
あら、大丈夫よ。こうして、こうすれば・・・
おばさまはキャリーのお尻側(扉がない方)に座り、
手を伸ばして反対側にあるキャリーの扉を閉めるつもりだったのです。
つもり・・・。
実際にやってみてもらうと、向こう側に手が届かない。
無理して手を伸ばすと、膝が当たりキャリーが動いてしまう。\
中腰になってやっと手がギリギリ反対側に届いたものの、
扉を閉める作業も危うい。
扉のロックをかけることなんてまず無理。
ロックがかけられなければ、猫は簡単に扉を押して
キャリーから出てしまいます。
あれ?おかしいな・・・届かないわねえ。
ガタガタやっているうちに、
扉がキャリー本体から外れてしまう始末。
そっと扉を閉める、というところがポイントなのに、
こんなにももたついていたのでは、確保は無理。
「おばさま、どうして、後ろ向きに置いたの?
前向きに置こうが、後ろ向きに置こうが、
どっちからでもくーちゃんは入るんでしょ?
だったら、おばさまが作業しやすい方に
キャリーを向けて置くのが正解じゃない?」
うんうん。確かに、そうだわ。
とほほ・・・。
「おばさま、くーちゃんのことが心配なんですよね?
くーちゃんを何とか病院に連れて行ってあげたいんですよね?
じゃあ、頑張って確保しましょう。
他の人ではくーちゃん、逃げてしまうんだから。」
おばさまは「今度こそ大丈夫!」とおっしゃいましたが、
私はキャリーの扉を閉めるというこの方法は難しいと判断しました。
絶対にもたつく。そしてまた、ビックリしてくーちゃんは逃げる・・・。
仕切り直し。
くーちゃんが慣れ親しんだ旧ハウスを使って確保することにしました。
袋状の大きなネットの中に旧ハウスを入れておくのです。
くーちゃんがハウスの中で休んでいる時に入口で
ネットをきゅっと閉める。閉めたらネットをひもで縛り、
くーちゃんがハウスから出られないようにする。
くーちゃん入りのハウスが入ったネットを、
そのまま、大きな段ボールに入れて蓋をし、ガムテープで止める。
出来るところまでは、私が準備した方が良さそうです。
旧ハウスをネット袋の中に入れて、ハウスの入り口付近に、
ネットの縛り口をゆるくたるませておく。
ネットの縛り口をキュッとしばった後、念の為に、
もう1度縛る為の紐をすぐそばに掛けておく。
大きな段ボールをおばさまにお渡しし、玄関先に置いてもらって、
すぐに使えるようにする。
確認の為、ハウスにくーちゃんが入っていると仮定して、
おばさまにこの作業をやっていただきました。
あれ? 意外と上手。
ネットの入口をきゅっと閉めてしっかりと持ち、
すぐに紐を巻いて縛る。
想像していた以上に、手際が良い。
この方法なら、おばさまにも出来そうです。
くーちゃんはこのドタバタの最中に逃げてしまい、
家の後ろの方から、こちらの様子を伺っていました。
うずくまり、毛並みも悪そうで、
目がぐちゃぐちゃしているように見えました。
体調はかなり悪そうです。
なんとかして、おばさまには捕まえてもらわなくては。
くーちゃんを確保できたとして、病院で診察してもらい、
抗生剤の注射を打ってもらったとして、その後はどうなるのか。
うちには年老いた飼い猫1匹がいるし、
何しろ家が狭いので、ケージを置くスペースもない。
だから、室内に入れて療養させてあげることが出来ない。
かといって、通路はあの狭さでケージなど置けない。
でも、通院後、この大きいキャリーに入れたまま、
数日間は玄関内でご飯をあげ、元気になったら庭に戻す。
もともと、外にいる猫にはご飯をあげるだけ。
それがメス猫ならば不妊手術をする。
管理して世話する・・・という感じではなかったおばさま。
ですが、今回は、くーちゃんを心配して、
何とかしてあげたいのだ、
という気持ちが伝わってきました。
その夜、おばさまから電話がありました。
くーちゃん、夕方からずっとハウスに入って寝ています。
近付いて、ネットをちょこっと触ってみましたが、
起きる気配がありません。この分ならうまくいきそうよ。
そうか、良かった。
あとは明日、おばさまが予定通り確保するだけ。
翌朝、7時半。おばさまから連絡。
Hさん、くーちゃん、まだハウスの中でぐっすり寝ています。
これからネットを閉じます。段ボールも玄関前に出してあります。
準備が出来たらまた連絡しますので、
早い時間に申し訳ないけれど、病院までお願いします。
ここ数日の予定が狂いっぱなしで、
仕事も家事も他の用事も中途ハンパ。
ああ、これで、やっと終われる~。
10分もすれば、またおばさまから連絡が来るだろうと思っていましたが、
20分、30分、40分・・・・連絡が来ません。
いやーな予感がしてきました。
おばさまに電話をしてみました。
ネットの入口を閉じて紐で縛って、段ボールに入れて、
病院に連れて行く準備は出来ていたんですよ。
でも、ここ数日、くーちゃんの敷物がおしっこで濡れていて、
そんなまま病院に連れて行くのは可哀そうだと思ってね。
ハウスの中でくーちゃん動きもしなかったので大丈夫だろうと思って、
敷物を取り換えてやろうとネットの口を緩めたら、
くーちゃん、ネットから出てしまって、
だめよ~って、慌てて体を掴んだら、抵抗して体をよじって、
逃げて行ってしまいました。
はい?
もう言葉が出てきませんでした。
確保できたというのに。
病院で治療が受けられるところだったのに。
元気になってもらいたかったのに。
「おばさま、それはだめだ~。」
ため息交じりに返事をするのが精一杯でした。
その方法で、あと数日、頑張ってみて下さいとは言ったものの、
同じ手はくーちゃんに通用しないかもしれないし、
くーちゃんはもうおばさま宅に戻って来ないかもしれないと思いました。
あれから1年近く経ちました。
その後、おばさま宅にくーちゃんが戻って来ることはありませんでした。
おばさま自身もあれから一度も目撃していませんし、
あの黒猫は最近全然見ていないとおっしゃるご近所の方もいました。
推測に過ぎませんが、
くーちゃんはもうこの世にはいない。
そんな気がします。
くーちゃんという外で生きる猫に与えられた寿命だったのかもしれませんが、
それを変えてあげられる機会はあったのです。
元気になるかもしれない可能性はあったのです。
その最初で最後の機会は永遠に失われてしまった。
狙った猫がやっと捕獲器に入った時に、捕獲器の扉を開ける。
普通、そんな人はいません。
おばさまがやってしまったのはそれと同じこと。
でも・・・・・
やらなくてもいい余計なことをするから、
くーちゃんが助かるチャンスが失われてしまったと、
おばさまを責めることは私にはできません。
濡れて湿った敷物の上に寝るのはさぞ気持ちが悪いだろう。
捕まった今なら、洗濯したてのフリースを敷いてあげられる。
それは、おばさまのくーちゃんに対する優しさから出た行為だったからです。
自分がご飯をあげている猫の体調がよくないようだ、
でも、捕まえられない猫だし、どうにも出来ない。終わり。
のケースだってあるのです。
おばさまは、くーちゃんを心配して、連絡を下さいました。
勘違いや手違いがあり、筋書き通りに事は運びませんでしたが、
とにかくーちゃんを捕まえなくてはと、おばさまなりに頑張って下さいました。
きちんとした薄化粧に、きちんとした身なり。
まだまだ元気なおばさまですが、もう85才。
頭では出来ると思っていても、
体がそのように動かなかった・・・。
よく考えればわかることなのに、
その時は全く思いつかなかった。
これは高齢者にはよくあることです。
(高齢者でなくてもそういうことはありますが。)
おばさまは身寄りのない一人暮らしの高齢者ではなく、
ご主人、出戻りの娘さん、お孫さんと一緒に暮らしているのですから、
ご家族の力を借りることも出来たと思います。
そうすれば、また、違った結果になったのかもしれません。
しかし、おばさま自身が、
猫のことは猫ボランティアに相談するもの、
という考えがあるようでしたので、
今回の件、ご家族は一切登場してきませんでした。
あれから、何度かおばさまとはお会いしています。
Hさん、くーちゃんの件では本当にお世話になりました。
私のせいで本当に申し訳なかった。
お仕事までずらして待っていただいたのに。
会う度におばさまはそうおっしゃいます。
そして、私も毎回同じように答えます。
「おばさまなりに頑張ったんですから。もう謝らないで下さい。
おばさまがくーちゃんを助けてあげたいと思った気持ちは
きっとくーちゃんにも伝わっていたと思いますよ。」
今でも、おばさま宅の前を通る時、私は必ず、
門のところから通路を覗き込みます
そして、切ない気持ちになるのです。
なぜなら、今もなお、その通路には
帰って来ない猫の為のハウスが置かれているから。
The End.