2020年末の29日。

銀行、郵便局、買い物と、細々した用事をあちこちで済ませ、
やっと昼前に帰宅して、大掃除なるものを始めました。

本来は客間である筈の2階のひと部屋(長らくねこ藩の倉庫化)から、
次々と物を隣室に運び出し、押し入れも空にして、
掃除機をかけようとした時、電話がかかってきました。

「ゴミを拾おうとマンション前の側溝をのぞき込んだら、
中で猫が横たわって死んでいるのを見つけたんだけれど。」

電話の主は、隣の通りにお住まいの高齢女性TKさんからでした。

 

 

場所を伺うと、我が家から歩いて7-8分離れた場所です。
どうして、私に電話を?

 

「自治会の方に相談したら、市役所の清掃課に連絡して、
死体を引き取りに来てもらうよう言われたので、
さっき電話をしてみたんだけど、繋がらなかったの。
29日だから、もう年内の業務は終わっていたんですよ。
どうしようかと考えて、あなたくらいしか思いつかなくて。」

 

TKさんは困り果てているようでした。

 

TKさん宅のお隣りには、息子さん御一家がお住まいで、
息子さんは車を持っているわけだから・・・。

あっ、そうだ。

 

 

私「それじゃ、クリーンセンターに電話をして、
年内の小動物火葬が間に合うかどうか、
問い合わせてみたらどうでしょう?」

TKさん「私にはそこまでは出来ません。」

 

そうか、出来ないか…。

 

 

息子さんご一家は庭で3匹の地域猫の世話をして下さっていますが、
それは、猫好きなお嫁さんのTomoさんが、
進んでやって下さっていることだからなぁ。
息子さんご自身は動物が好きではないらしく、
室内で飼うのはダメなんだとTomoさんから聞いていますから、
その息子さんが、この年末の慌ただしい時期に、
母親が道端で見つけた野良猫の死体を回収して、
自らクリーンセンターに運ぶなんてあり得ないか。

 

 

私「そうですよね。だったら、猫を側溝から出して、
段ボールに入れてあげることは出来ますか?」

 

TKさん「猫に触るとか、そういうことはちょっと出来ません。」

 

ですよね。

TKさんだって、特に猫が好きだというわけではないだろうし。
まして、死んでいるのだから、触れたくないのもわかります。

 

 

私「じゃ、その猫の写真を撮影して私宛に送信してもらえますか。
スマホで撮影して、あとはTomoさんかどなたかに送信方法を…。」

 

TKさん「そういうのは得意ではないのでね。わかりました。
あなたもお忙しいでしょうから、あの猫はあのままにしておきます。
年が明けて清掃課の業務が再開したら、連絡して来てもらいます。
お騒がせしちゃってごめんなさいね。」

 

私の話を遮るようにしてそう言うと、
TKさんは電話を切ってしまいました。

 

うーん、これは、仕方ないかな。

 

 

 

「あ、猫が死んでる。」と、猫の死体をちらりと見て、
そのまま立ち去ってしまう人は多いでしょう。
猫が好きな方や猫を飼っている方だって、
自宅の近くでもない場所で亡くなっている、
どこの猫かもわからない野良猫の死体を、
拾い上げて火葬場所まで車で運ぶかといえば、
普通、そこまでする方はなかなかいないだろうし。

 

 

TKさんは、自治会に協力して、週に数度、
ボランティアで町内のゴミ拾いをして下さっています。
また、旗を手に道路に立って子供達の通学の見守りもなさっています。
何年どころではない、何十年もそうして下さっているのです。

 

人々が自宅の掃除で忙しい年末にまで、町内のゴミ拾いに出向き、
そこでたまたま猫が死んでいるのを見つけてしまった。
ご自分で出来ることがあるのなら、私などに連絡する前に
とっくにそうしていたに決まっている。
TKさんはそういう方だと思います。

 

TKさんは、その猫を見過ごせなかった。
何とかしなくてはと、あちこちに連絡をしましたが、
あいにく年末で、物事が動かない。

ご高齢のTKさんに、こうしてああしてとお願いするのも酷な話です。
「人がいい」と言われればそれまでですが、
私に連絡を下さったことを、有難く思うことにしました。

 

 

 

でも、その猫・・・。

 

年が明けて、清掃課が引き取りに来るまでは1週間以上ある。
冷え込むこの時期に、冷たいコンクリートの側溝の中で、
放置されたまま、その子は誰にも悲しまれることなく朽ちていく。

 

もし、我が家の庭に定住している地域猫のニャースやくららが
ある日、突然いなくなったとしたら…。
そして、近所の側溝で亡くなっていたとしたら…。

 

 

いやいや、絶対にいやです。
そんなの哀れ過ぎる。
そのままになんてできない。
弔ってやる人間が誰もいないのであれば、
せめて私が見送ってあげなくては。

 

 

 

急いでクリーンセンターに連絡をすると、
火葬は年明け4日か5日あたりになるが、
今日の16時までに持ち込めば、
火葬の日まで預かってくれるとのこと。

 

よしっ。

 

 

庭で車の掃除をしていた家人に事情を離すと、
「じゃ、あなたが出かけている間に、
ちゃちゃっと掃除を終わらせておくよ。」
と言って、掃除の手を速めてくれました。

 

大きめの段ボール、大きな袋、古い毛布を自転車の荷台に乗せて、
私は転げるようにTKさんから聞いた住所へ駆けつけました。

 

 

側溝を覗き込む前に、その亡骸の一部が見えました。
きれいな明るい色の茶トラです。

 

ああ、可哀そうに。
当たり前だけど、体がすごく冷たい。
手足が突っ張ってすごく硬い。

 

 

 

 

 

長く伸びたまま亡くなっていたので、
側溝から出すのに少し苦労しました。

 

 

 

 

持参した毛布の上にその子を寝かせ、
体についた落ち葉や、ゴミや、誇りを取り払い、
無駄なこととはわかっていましたが、
タオルでその子の体を包み、さすってみました。

 

年齢は3-4歳くらいでしょうか。
すごく若い猫…ではなさそうですが、
そんなに年老いてはいないようです。
硬く汚れたピンクの肉球は、
外の生活が長いことを物語っています。

 

 

1-2日前まで、この子はその辺を、
トボトボと歩いていたんだろう。

鼻の穴のまわりについた乾いた鼻水を見て、
この子の姿を思い浮かべました。

 

あれ?左耳にV字カットがある。

尻を確認すると、女の子でした。
胸がぎゅーっと苦しくなりました。

 

 

 

 

「地域猫だったのか、あなたは。
お世話をしてくれる人がいたんでしょ?
どうしてこんなことになっちゃったの?
そのお母さん、きっと心配してるね。」

 

 

体は思っていたより突っ張って伸びていて、
持っていった段ボールから少しはみ出してしまっていました。

 

帰宅すると、だいたい何でも持っている(笑)隣人のTさんが、
ひとまわり大きな段ボールを持ってきて下さったので、
その子を入れ替え、飾る花を買いに行きました。

 

火葬受付に向かう準備が出来ると、
家人の車掃除も終わっていましたので
私はすぐにクリーンセンターに向かいました。

センターの仏壇に手を合わせ、火葬をお願いしました。

 

 

さよなら、ふじみちゃん。

 

名無しでは可哀そうだと思い、私が最後につけた名前です。
亡骸の見つかった側溝前のマンション名から、そう命名しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は野良猫がいなくなればいいと思っています。
外に猫が1匹もいなくなればいいということではありません。
外で生きる全ての猫に、地域猫になってもらいたいのです。

 

今外で生きている猫たちの中で、人の手によって保護され、
室内飼いの飼い猫となって生きていく猫達はほんの一握りです。
猫を飼ってあげられる人間の数より、
外で生きている猫の数の方が圧倒的に多いのですから。

全ての野良猫が、野良猫ではなく地域猫となり、
誰かしら人間が関わっている存在になってもらいたい。
それは市全体、県全体、国全体で考えれば、
とんでもなく難しいことかもしれませんが、
少なくとも、私が地元と決めているこの地域は、
そういった状況=「外にいる猫達は皆地域猫」、
が出来上がってきているように思います。

 

 

 

猫を飼うのであれば、この地域で生きている
地域猫達を迎え入れてあげてほしい。
そう願っていても、それは簡単ではないこともわかっています。

自宅回りに、大人の「飼い主のいない猫」が数匹いたとしても、
子猫から飼いたい人にとっては対象外。
また、「三毛猫を飼いたい」「メスを飼いたい」
という強い希望を持っている人は、
近所のキジトラ猫やオス猫に興味はありません。
猫を膝に乗せたり一緒に寝たい、人に慣れた猫がいいと思う人は、
室内に入って見えてくる本来の性格が現時点ではわからない、
地域猫を迎え入れる決心はなかなか出来ないだろうと思います。

 

 

地域猫達が、縁あって飼い猫となり、
1匹づつ、外の生活から卒業していく。
そして、外に残る地域猫はあと僅か・・・。
そんな風になったらいいなと思いますが、
現実は、そう甘いものではありません。

 

だったら、外に猫がいてもいい状況を整えることも大切。
猫が好きで、室内で飼ってあげたいと思っていても、
それが叶わない方達もたくさんいるわけですから、
そういう方達が、自宅のお庭で猫の世話をしたらいい。

 

先に書いた、TKさんの息子さんのお嫁さん、Tomoさん。
彼女は猫好きですが、ご主人の意向で猫を飼うことができません。
だったらせめて庭先でと、現在、カプ君、チャップ、さばみの3匹の為に
ハウスを置き、しっかりと給餌して下さっています。

 


カプ君(上)とチャップ(下)


カプ君とさばみちゃん。

 

 

近所のM姉妹は、室内で10匹の猫を飼っています。
全てこの地域で生まれた猫達で、子猫の時に室内に入れました。
もうこれ以上、飼い猫を増やすことは厳しいので、
庭に現れたオス猫シンバをTNRし、ずっと世話をしています。

さらに、少し離れた公園に、
チャーリーとママ子の給餌に毎晩通っています。
(チャーリーは飼い主が外にだしたままの猫)。

 


シンバ。

 


茶トラのチャーリーと母猫でサビのママコ。

 

 

 

M姉妹宅近くに住むMさんも、昔から、術後の猫達に
自宅でご飯をあげたり、お家を作ってあげたりしています。

 


Mさん宅のある路地で寛ぐ、レオ子(キジトラ)、
えりこ(白黒)、Mさんの飼い猫シロちゃん白キジ)。

 

 

室内には3匹の飼い猫がいるのに、
お庭にやって来る猫にもご飯をあげて下さるIWさんもいます。
新しく来た猫が未不妊であれば、捕獲器を借りに来て下さいます。

 

 

知人の洋服直し屋さんも、既に飼い猫が2匹いる為、
近所の方々と一緒に、自宅の外で2匹の地域猫の世話をしています。


人慣れした2匹のオス。ポン太(左)とトラ次郎(右)。

 

 

とある事業所にも地域猫が3匹いました。
そのうちの1匹、おはぎちゃんは地域猫を卒業し家猫に。
あとの2匹は、本社に怒られないように気を遣いながら、
従業員の方々がお世話をしています。

ブッちゃん(左)とウシくん(右)

 

 

この界隈には、TNR後の猫達を、外猫として自宅の庭で
世話をしている住人達がかなり多くいらっしゃる。
地域猫だらけ…と言ってもいいかもしれません。

 

中には、人慣れしている子もいます。
我が家の庭のニャースは、抱き上げると甘えてゴロゴロ、
こちらが下におろすまで、されるがままです。

 


オス猫には攻撃的、でも人間にはベッタリ。

 

 

 

そんなに人慣れしている猫なら、
家の中に入れて飼ってあげればいいのに…。
人が世話をしている地域猫って言っても、
結局は外にいる猫なんだから、
いつ交通事故や虐待に合うかわからない。

 

 

そんなことは、百も承知です。
お世話している人間は皆、よくわかっています。
でも、飼ってあげたいけれど飼えないというのが事実。
だから、地域猫という形で関わる。

それが現状の精一杯なので、そのようにしているのです。

 

 

 

 

=======================================

 

 

 

さて、ふじみちゃんの話に戻ります。

 

クリーンセンターに届けたふじみちゃんの火葬は年明けの5日でした。
それで一区切り…の筈でしたが、私はもやもやしていました。

 

ふじみちゃんは地域猫だったに違いないのです。
ということは、ふじみちゃんを可愛がっていた人がいるかもしれない。
その人を探し出して、ふじみちゃんのことを伝えなくては。

 

 

ふじみちゃんの亡骸があった場所近くに住む知人数名に、
画像を見せて訊ねてみましたが、ふじみちゃんを知る人はいませんでした。

 

人間の足で通る道と、猫道は違う。
人間にとって、少し離れていると感じる場所でも
猫にとってはアクセスしやすいすぐ近所だったりする。

 

地図を広げてそのエリアについて考えました。

 

あっ、そうだ。

 

2017年冬にお手伝いをしたティーちゃんのTNR。
ティーちゃん達の世話をしているSBさんとTRさんの家は、
2本離れた通りだけれど、猫道ならば…。

 

 

近い・・・。

 


グリーン:人間の通り道。
ピンク:猫道。

 

 

買い物帰りにTRさん宅に寄ってみました。

私「TRさんがお世話をして下さっている猫の中に、
茶トラの女の子で最近、いなくなってしまった猫いますか?」
TRさん「いるいる!どうして?」
私「これ、見ていただけますか。」

 

花に囲まれた画像と、亡骸の横顔の画像を見ていただきました。

 

SBさんとTRさんが世話をしている数匹の地域猫の1匹、
「茶トラのとらちゃん」。
それが、ふじみちゃんの本当の名前だとわかりました。

 

年末あたりから急に姿が見えなくなり、心配していたのだそうです。

もともと酷い猫風邪持ちで、いつも鼻水を垂らしているとらちゃんに、
TRさん達は何とか薬を飲ませようと、何度かトライしたのですが、
とらちゃんは、薬が入っているフードには絶対口をつけなかった。
捕まえて病院に連れて行きたくても、全く人慣れしていなかったので、
触らせてもくれなかった。

それでも、毎日、時間になるとやって来てきちんとご飯を食べて、
SBさん宅庭に置いてあるハウスに入って休んだりして、
この数年間、他の猫達と揉めることなく暮らしていたそうです。

 


4年前、SBさんと一緒に、お庭の物置の中に、
猫達の寝床を設置しました。

 

 


SBさん宅のお庭でご飯を食べる地域猫たち。

 

 

「ああ、とらちゃん、死んじゃったのね。
こんなにきれいにして送ってもらってありがとうね。」

 

私の意志でやったことですから…とお断りしたのですが、
TRさんとSBさんのご主人が、どうしても受け取って欲しいと、
お花代を寄付して下さいました。

 

 

 

SBさんのご主人…と書いたのは、
私がよく存じ上げていたのは奥様の方だったから。
奥様は2年前の冬、突然他界されたのです。

 

2019年1月、腹部上部に痛みを感じたSBさんは、病院に行きました。
処方された薬は痛みには効かず、翌日、再度診察をお願したが、原因不明。
不調を感じてから3日目、詳しい検査はこれからという時、
SBさんはリビングのソファに座ったまま亡くなりました。
心筋梗塞だったのか急性膵炎だったのか、わからないまま。

急逝されたことを人づてに聞き、お線香をあげさせていただきたいと
SBさん宅を訪問した際に、ご主人がSBさんの最期について
そのように話して下さいました。

 

 


SBさん(奥様)は、庭にケージを置いて、
術後の猫を療養させて下さいました(4年前の写真)。

 

 

 

とらちゃんの亡くなった原因はわかりません。
猫風邪の悪化によるものとも考えられますが、
交通事故かもしれません。
とらちゃんの亡骸には外傷はありませんでしたが、
外に傷がなくても事故や強い衝撃で、
内臓を損傷している場合もあります。

 

「もう4-5年になると思う。」
とTRさんはおっしゃっていましたから、
それが、とらちゃんのだいたいの年齢なのでしょう。

 

 

人とは距離を置き、人慣れしているとは言い難かったけれど、
とらちゃんはTRさん、SBさんに可愛がられていました。

 

 

野良猫の寿命は5年前後とよく言われますが、
野良猫と地域猫では条件が違ってきます。
ご飯も毎日食べられて寝床もある地域猫は、
外にいるリスクはあるとは言え、室内飼いの猫同様、
10年、15年…と、長く生きる子も多いです。

 


現在は、SBさんのご主人が、
地域猫のお世話を引き継いで下さっています。

 

 

 

きれいな明るい茶トラの女の子、とらちゃん。

とらちゃん、SBさんに会えたかな。
「えっ、あなたもうこっちに来ちゃったの?」
とSBさん、驚いているかも。

 

 

SBさん、とらちゃん、どうぞ安らかに。

 

 

The End.